「『仕事ができる』とはどういうことか?」~楠木健、山口周著、宝島社刊~

【20191215-7-13】本書は10時間近くの対談から生まれたということだが、センスとスキルを対比しながら二人が縦横無尽に「仕事ができる」ということの本質を300ページ足らずの本に抉り出していて、実に面白い。この二人の著者のファンにとってはたまらない対談集だ。まるで、楠木氏の「ストーリーとしての競争戦略」(https://tutuimemo.at.webry.info/201102/article_1.html)と、山口氏の「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか」(https://tutuimemo.at.webry.info/201804/article_2.html)の著書を掛け合わせて、その化学反応から生まれたような本だ。いくらスキルを積み重ねて、フレームワークどおりに解決策を描いてもなかなか成果に繋がらないのは、時間的奥行きのある戦略的なストーリーをセンス良く描けないからだ。残念ながらそのセンスそのものは人に教えることができない。ただ、「センス」はどういう類のものかというビジネス上の意味合いを説明することは可能だ。教育部門のみならず、人を育てることに責任をもっている上位者に本書は是非お勧めだ。

【読書メモ】
「繰り返しますが、センスは直接的には育てられません。だからと言って、生得的な『天賦の才』では決してありません。育てられないけれども、育ちます。他動詞ではなく、自動詞の『育つ』です。センスは自ら錬成するものです。」(p.5)

「分析調査というのは仕事ができない人にとってとてつもない吸引力を持っているんですね。あっさり言ってしまえばテンプレート上の『作業』。仕事はできなくても、とりあえずの作業はできる。」(p.103)

「なんで知らないことを知っているのか、見えないものが見えているのかというと、結局その人が持っているストーリーからして同じものが違って見えるのではないか。自分なりのストーリー上に位置づけることで、個別の要素が独自の意味を持ち始めるということだと思うんですね。」(p.167)

「人間は意味がわからないとモチベーションを感じませんからね。」(p.173)

「話を聞いてもらうという行為を通して、みんなが意味を形成しているんですよ。」(p.175)

「人は視ようとすると必ず、全体ではなく部分を視てしまいますね。意図的に視るという行為は必然的に『注視』を起動しますが、『注視』というのは部分化するということですから、なかなか『全体を視る』というのは難しいし、それこそスキルとして言語化することができないんですね。」(p.214)

「センスというものの中身は何かということについての僕の暫定的な結論は、『具体と抽象の往復運動』です。」(p.237)

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