「昭和16年夏の敗戦(新版)」~猪瀬直樹著、中公文庫~

【20200806-7-54】終戦から75年が巡り、再び太平洋戦争のことを考える夏を迎えている。しかし今年の夏は新型コロナの影響で戦跡をめぐることもなく、書籍だけでひたすら思いを巡らす。いつもと少し違う夏だ。今から79年前、国家として本当の意味で日米開戦を意思決定したのは誰なのだろう。本書を読むと、そのような疑問に対して言いようのない絶望的な虚しさを感じる。開戦直前に全国から集められた総力戦研究所のエリート研修生36名が出した結論は"日米戦必敗”、それでも政治の空気が開戦を決定し、必敗となる。「失敗の本質」(https://tutuimemo.at.webry.info/201705/article_1.html)でも日本の組織風土の問題の根深さを感じたが、本書のほうがもっと暗澹たる気持ちになった。それが、今般のコロナ禍での各国の対応の差を毎日見ているからなのかどうかはまだわからないが、今年は是非、本書を読んでみられることをお薦めする。

【読書メモ】
「これなら何とか戦争をやれそうだ、ということをみんなが納得しあうために数字を並べたようなものだった。赤字になって、これではとても無理という表をつくる雰囲気ではなかった。そうするよ、と決めるためには、それしかしようがないな、というプロセスがあって、じゃあこうなるのだから納得しなくちゃな、という感じだった。」(p.182)

「開戦派と和平派がそれぞれの主張を何度も繰り返し、もはやこれ以上論議を続けても平行線で、その距離がいっこうに縮まらないというとき取り沙汰されたのが数字なのである。主観的な争いに対し、客観的な数字は最後の調停者として立ち現れてくる。」(p.188)

「コンピュータがいかに精巧につくられていても、データをインプットするのは人間である、という警句と同じで、数字の客観性というものも、結局は人間の主観から生じたものなのである。」(p.190)

「"事実”を畏怖することと正反対の立場が、政治である。政治は目的(観念)をかかえている。目的のために、"事実”が従属させられる。画布の中心に描かれた人物の背景に、果物や花瓶があるように配列されてしまうのである。」(P.259)

「東日本大震災、新型コロナウィルスの蔓延。現在のあやまちが過去のあやまちと相似形に重なってはいないか。いまこそ、我々の歴史認識が試されている。」(P.272)

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